月刊青島--青島日本人会生活文化会発行
目次

グリーン放弾


 
 

青島日本人会の皆様、青島麗発針織有限公司の大林様からバトンを受けました、
大晃機械(青島)有限公司の安池弘充です。よろしくお願いいたします。

本社は、大晃機械工業株式会社という流体移送機器総合メーカーです。舶用業界で知名度を上げてきましたが、陸上向け送風機・真空ポンプ分野にも参入し製造販売しています。中国での生産は1995年から取り組み、独資・合弁合わせて6社が中国にあり、ここ青島には2005年に現地法人を設立し昨年無事20周年を向かえることが出来ました。

 本題のゴルフとの出会いですが、当時の上司から「経営者から名前を覚えてもらう方法の一つとして会社のコンペに参加すること」だと。そこから所属の全員がゴルフを始めたのです。週2回の定時日には全員で練習場に行く、まるで学生時代の部活のような日々を繰り返しました。当然向き不向きもあるので、上達する者/しない者はありました。私は後者でした 笑。練習の成果確認で休日に、近くのショートコースでラウンド、休憩での昼食では下手くそ振りを披露し合う談義となり楽しかったです。正式なゴルフ場デビューは散々で140を軽く超えるダブルパーのスコアでした。ラウンド前に言われたのは『とにかく持てるだけのクラブを持って走れ!』でした。当時は贅沢な遊びで土日では2万円を必要とするため2か月に1度ぐらいのラウンド数であったと記憶しています。上達しませんでしたが、たまに出るナイスショットが忘れられず辞めることなく続けました。練習場通いだけでなく上司宅のネットを使用することも増えました。しかし、下手くそには練習量がそのままラウンドスコアにはなかなか繋がりませんでした。100切出来たのはいつだったか忘れてしまいましたがゴルフを続けた中では一番遅かったことだけは覚えています。
あと、継続し社内コンペに参加していることで気付いた事が有りました。それは参加者が入ないとコンペが成立しないこと。参加し続けてもらうことの難しさでした。あるころからコンペの幹事を任されるようになり、ゴルフ場の手配から人集め特に社外の皆様への連絡には苦労しました。コンペでは自分のスコア以上にコンペ後の表彰式の事が気になり自分のスコアを気にする余裕がないことがしばしば、その中でも何度かよい成績を上げられた時には苦労が報われたと思って、別の充実感を味わいました。当然、中国赴任が決定した時から次の世話人を探して引き継いで(これも一苦労で進んで幹事を引き受ける人はそうそう見つかりません、、、苦😢)こちらに来ました。
ここ青島で新参者として参加したのは青島日本人会コンペでコースは嶺海でしたが、日本でラウンドしてきたコースはすり鉢のような受けたつくりです。青島のコースは左右が逆に垂れ下がってハザードの餌食となるコースでボールが何個あっても不安でゴルフバックにはいつも1ダース以上は準備しています。青島の生活も長くコースにはさすがに慣れては来ていますが、ボール準備する数は今も変わりません。
ゴルフのラウンドが急激に増えたのは鬼ゴル友に誘っていただいてからで、それまではコンペに参加するだけの月1ゴルフであったのが毎週ラウンドする、皆さんと同等に話が出来るレベルになりたい。に代わっていき青島の生活がさらに充実しました。当然、日本の留守を見ている妻には内緒ですが。

今の悩みは昨年突如として発病した、シャンク病で今も苦しんでいます。日本に一時帰国した際にプロの方から助言を受けていったんは治っていたのですが、気を許すと出ることが有ります。困ったものです、、、、
青島生活も10年を超えてきますと、これまでご一緒させていただいた方の帰任を多く見送りました。ゴルフ自体は個人競技ですがご一緒頂ける方がいませんと楽しくラウンドできません。
ご一緒頂けるのであれば何方でもOKですので、週末をご一緒にラウンドしましょう。
青島では1年を通してラウンドで来ますのでそれぞれの季節(極寒でのスキー場のような一面銀世界でゴルフや凍結した池をバウンドさせてグリーンオン)なりに楽しめます。
気軽にお声をおかけくださいね、お待ちしています。
皆様、これからもよろしくお願いいたします。

次回は何時もお供頂いています青島海信日立空調系統有限公司の高橋正敏さんにバトンをお渡しします。よろしくお願いいたします。

 



 



 

 
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