とりわけ最近は感染症情勢が刻々と変化してい
るので、本章は定点観測でしかないのだが、筆者
が青島へ渡航する直前は、北京市が「14+7+7」健康
管理措置を公布した時期であった。北京の友人ら
から、「お前北京戻り大丈夫か」と日々最新の隔離
情報が送られてきた。
この頃の対策強化は、北京市内の一部でも感染
者が現れたこととともに、3 月に全人代を控える
時節柄だとも認識している。無論、首都防衛的な
側面もあるのだろう。
筆者は、14 日間に加えて7 日間の隔離は厳しい
なあと感じつつも、本心は「もうどうにでもして」
と、諦めの境地。もはや中国式の防疫のやり方に
心の中で毒づく気力も失われつつあった。「青島で
隔離延長ならまたカネがかかるなあ、北京の自宅
公寓に戻れても食事の心配がつきまとうしなあ」、
と煩わしさばかりが脳裏を支配し、問題打破に向
けた前向き思考にブレーキがかかっていた。
1 月20 日の青島渡航の前、旧知で公私お世話に
なっている日本人駐在員・シンさん(仮名)が同じ
便で隔離も一緒になることが判り、情報交換をし
ていた。シンさんは「+7 の問題は、青島行ってか
らの相談になるのだろう、ただ、一日でも早く北
京自宅へ帰ることを目指したい」というお立場。
実際、青島での隔離生活に入ってから「北京に
はいつ行けるか」の情報収集をしたところ、都市
ごとに実にいろいろな見解を示していることが判
明。各地方当局の防疫指針に現場が対応中という、
よくある状態に帰結しているわけなのだが(そこ
は本当に現場に同情するし、労いたい):
- 例1:青島市政府は、青島での2 週間隔離後、
各地に移動するのが基本だと理解している。3
週間目も北京に戻らず延泊する場合は、早めに
申告しないと延長できない恐れがある。
- 例2:14 日隔離で北京に戻ったら、北京でも追
加で1 週間、集中隔離施設に連れて行かれた人
もいるらしい。よってシンさんも青島で3 週間
過ごしたほうが無難かと躊躇。
|
- 例3:青島とは別の都市で14 日間隔離され、
21 日未満だったが北京に移動した人もいる。
隔離元ホテルが延泊を認めてくれなかったの
と、北京の公寓社区が受け入れを了承したので
北京入りを果たせた。ちなみに、北京空港から
は地下鉄で帰宅して(←え?)、現在は自宅で
隔離を続行中。
こうした対応の割れた情報が入り乱れるなか、
シンさんも、青島市、北京公寓と社区、航空会社な
ど関係各所と話をつけ、当初通達されていた「21
日前の北京入りは京心相助アプリで申告」なども
行うつもりで準備を進めてきたが、最終的には、
前々日に「青島空港が隔離21 日以下の北京入りを
認めない、搭乗も許可されない、ホテルも外出を
許可しない」のがんじがらめの通告。結局シンさ
んも筆者と同じ7 日間の青島延泊が確定した。
このような厳しい隔離を含めた防疫施策により、
感染者数を極めて低い水準に抑えており、2 月7 日
には中国国内感染者(海外からの入国者を除く)
が12 月中旬以来ゼロになったことが報道されて
いる。
さて、筆者の青島隔離3 週間だけでも、対策は
実によく変更された。細かいことばかりだが、一
例を挙げれば:
- 14 日経過後の延泊は、感染リスクの低い階に
部屋を変更予定だったが変更不要になった。
- 青島市の政策変更により、12 日目のPCR 検査
は不要。
- 青島市の政策変更により、20 日目の隔離終了
前に検便して2 個の検体提出が必要。
え…検便?筆者としては、大連で肛門PCR 検査
が始まった噂を聞いて、青島は検便だけで済んで
ラッキーなのか、あるいは最後にやっぱ肛門、と
やられるのではないかと、もはや何を信じるかを
含めて「出たとこ勝負」の境地である。 |